ーー笠原さんは、少し珍しい経路で〈essence:〉にいらしたとお聞きしました。

笠原陽子(以下、笠原)  たまたま、雑誌で高城さんのインタビューを拝見しまして。記事の内容に感銘を受けて、高城さんがどういう方なのかを全く知らないにも関わらず、思わずメッセージを送ってしまったんです。万が一にでも読んでいただけたらそれでいいと、その時は、まさかお返事をいただけるなんて予想もしていませんでした。

高城裕子(以下、高城) 「kunel:」という雑誌に「自分のスタイルを変える」というようなテーマで、私の仕事やライフスタイルについて取材いただいたものでした。コロナ禍に〈essence:〉を刷新したばかりだったので、自分の新しいステップについてのお話をしました。

笠原  連絡先をどうにか探して、ホームページからメッセージを送らせていただきました。〈essence:〉は紹介制だと書かれていたので、サロンに入るということは無理だろうと思っていましたが、とにかく記事を読んでの気持ちをお伝えしたかったんです。

ーーその雑誌はよく読まれていたんですか?

笠原  好きで読んではいたんですけど、何か問い合わせをするなどは、今まで一度もなかったです。

高城  その時にいただいたメッセージを残しているんですけど《仕事を無事にリタイア。その後、新たな仕事に挑戦し、5年が過ぎ》と、この段階でこの方は65歳にして、さらに成長し、自分を磨こうとしているんだとわかるじゃないですか。 文面から品格と熱量を感じ、きっと素敵な人だから一度お目にかかってみたいと思い、お返事をさせていただきました。その後、Zoomでお話することができ〈essence:〉がお役に立てるのであればということで、ご入会していただくというような流れになりました。

ーーこのメッセージを送られた当時、笠原さんはどのような時期だったのでしょうか。

笠原  無事定年退職をし、定年後にいただくことができた仕事も終わりまして。それまでは、仕事上では保証された時間でしたが、それ以降は何の保証もないわけで。さらに、コロナ禍も重なり世の中も変わっていくなかで、これからの人生をどう生きていくのかを考えなければならないというタイミングだったんです。そんなときに高城さんのインタビュー記事を読んで、一歩踏み出してもいいのかな、なんて思いました。

ーー高城さんの記事が大きなきっかけになったんですね。

笠原  記事から、プロとして戦われている高城さんの日々が伝わってくるのですが、お話のトーンがすごく静かなんですよ。穏やかながらも「私は物凄くこういうことがしたい」という、ヴィジョンと情熱を強く持っていらっしゃることにとても共感したんです。ここで一区切りつけてもいいのかなと思う一方で、立ち止まれば楽ではあるけれど、何も考えなくても時間や生活が過ぎていく。やっぱり、働くことが好きなんですよ。働いていたいという意識を持ちつつも、じゃあ次はどうしたいのかなと思っていて。

ーーずっと働いて来た分、これからは好きなことをしながら悠々自適に、という選択肢もありますよね。でも、また新たな仕事をしていこうと思うと、自分から積極的に探す必要があるのかもしれません

笠原   そういう意味では積極的に探してはいたんですけど、やっぱり世の中は厳しくて。年齢で落とされていったわけですよね。そういう現実を実感していたから尚更、高城さんの記事を読んで、一歩踏み出すしかないんだろうなと。

ーー初めて訪れたこちらのサロンはどんな印象でしたか。

笠原  この空間は、非日常なんです。扉を開けば、それまでの自分とは違う自分になる。ここで、この大きな鏡に自分を映した瞬間に、自分と向き合わざるを得ないんです。

ーー〈essence:〉のシンボルのような、特注の鏡ですね。

笠原  ずっと、鏡に自分の顔を映すのが苦手でした。朝は始発で出勤し、帰りは終電で帰る生活のなかで、顔を作る、髪を整えることに時間がかけられない。人様に不快感を与えない、最低限の身だしなみで十分だと思っていました。また、正直に言うと、自分の顔に自信がなかったので、化粧をするということに対して一歩引いている部分もありました。

ーー興味がなかったわけではなく。

笠原  興味がないわけではないんです。化粧も服も決して嫌いではないので。でも、自分との距離は大きかったんです。

高城  補足させていただくと、陽子さんは「嫌いではない」というレベルではなく、良いものを見極め続けていらっしゃって。身につけるものすべてに対して、ご自身で厳選されています。だから、笠原さんには「Styling essence:」は入っていないんですよ。(「Styling essence:」=〈essence:〉のパーソナルスタイリング)

ーーえっ、スタイリング無しなんですか?

高城  そうなんです。

ーーメイクと合わせて、スタイリングもバッチリ決まっていらっしゃるので、てっきり「Styling essence:」が入っているのかと思っていました。ということは、ご自分で身につけたいもの、好きなものへのこだわりは元々お持ちだったと。

高城  メイクがすべてシャネルのお化粧品で作られていたんですよ。ガブリエル・シャネルの哲学ごとを好きでいらして何十年もお使いだったんです。最新のコレクションも知った上で、ご購入されていました。

笠原  ガブリエル・シャネルの生き方に感化されたんです。彼女の生き方があったうえで、服があり、化粧がある。本を読んだり、色んなものを見たりして、あの時代のなかですごいと思っていました。若い頃にすごく傾倒していたんですが、当時は自分のお給料に見合ったブランドではないわけで。ある程度お給料がいただけるようになってから、それこそ40代半ば以降ですかね。ようやく、足を運べるようになりました。

ーー長年に渡りシャネルをお使いになられてきた。けれども、メイクへの苦手意識もあった。そんな笠原さんにとっての最初のセッションは、どのようなものでしたか?

笠原  化粧って、自分の顔の上に色々と重ねていくわけじゃないですか。服もそうですが、それを纏うことでスイッチが入るんですよ。服を着ながらモチベーションを上げていく。大したことはしていなかったけれど、素顔に化粧が乗ることで、仮面をつけているような心持ちになる。でも〈essence:〉に来て、自分の顔に高城さんの手が入り、だんだんと仮面が剥がされ、素顔からまた新たに変わっていった時に「こんなに化粧品を塗りたくるって、しなくてもいいんだ」という感覚になりましたね。素顔の延長線上に、化粧があるんだと気付きました。

ーー初回セッション時、高城さん的にはどういうことを考えていましたか?

高城  セッション前のカウンセリングの際、どんな化粧品をお使いなのかを聞く前に、シャネルを愛用されているとわかりました。でも、陽子さんには、シャネルが主役となったお顔ではなく「笠原陽子さんが主役のお顔を作ろう」と。この方の存在感をしっかりと作ることで、すべての女性にメッセージを届けられるんじゃないかと思ったんです。

ーーメイクを通じて、ということですね。

高城  その人が生きてきた時間や生き様を形にするのが私の仕事なのですが、その人の「生き様そのもの」は私に作ることはできないんです。だけど、目の前に65年分の美学を磨きに磨きあげた陽子さんがいて、あとはメイクだけが表現されずに残っている。だったら、私がオーダーメイドで作ります、という気持ちですよね。陽子さんという唯一無二の存在感をきちんとメイクで表現する。

ーー高城さんの言葉に納得しかできないほど、セッション後のお写真がとても素敵でした。ご自身のなかでの感触はいかがでしたか

笠原  ようやくしっくりきたというか、ずっとチグハグだったものが上手くフィットしたという感じでした。すべての自分が受け入れられるというか。だから、変な話なんですけど、新しく新調した家のドレッサーは〈essence:〉のものと近い、大きい鏡を取り付けたんです。仕事デスクのところにも鏡を置きましたし、鏡を見ることが楽しくなりました。それまでは、朝に暗いなかでとりあえず見るだけ見て、それきり。今では、出先の化粧室で手を洗うときでも、そこに映る自分を見ることができるようになっています。

ーー素晴らしいお話ですね。

笠原  職場の女性の先輩方に「男性社会の中で女性がリーダーとなっていくときには、ファッションでもリーダーになるんだよ」と教えられてきました。自分の後輩たちにもそう教えてきましたし、上に立つ者はそういう意識を持つことで、次世代の女性たちを応援することになると話してきました。けれども、仕事での満足感はあっても、何かが足りない。何が足りないのかはわからないけれど、自分自身とイコールにはなっていない感じがしていました。それがようやく繋がったんですね。

ーー現在の笠原さんにそんなお話をされたら「ファッションでのリーダーを体現する上で何をしていますか?」と聞きにいくと思います。実際に聞かれたりしませんか?

笠原  確かに、髪を切っていただいてから、似合ってますねとか素敵ですねとか言ってもらえるようになりました。髪色もすごく褒めてもらえますね。

ーー本当に素敵な髪色ですよね。

高城 〈eseence:〉は様々なスペシャリストにご協力いただいていますが、カラーリストの方にイメージをお伝えして、この髪色も作らせていただきました。「この色」としか言いようがない色ですよね。

ーー見れば見るほど、独特な色だとわかります。

高城  すごく明るいのに、透明感と品格ありますよね。例えば、アイシャドウの色もそう。ここに注目して見てもらうと(取材時の季節の色として)実はアイスブルーが塗られています。しかも、かなり大胆に。

ーー本当ですね!上品な佇まいのなかに涼やかな印象も感じていましたが、こういうところにもポイントがあったんですね。この色をメイクに取り入れるのは、なかなか難しそうですが。

高城  同じアイスブルーでも何千何万個とあるわけですが、その中から「これ」というものを見つけてきます。「印象を作る」というのは、その人と別れた後まで残るインパクトを作るということで。言葉での説明ではなく、ひと目で瞬時にわかるような形にするんです。眉についてもそうです。陽子さんの品性や知性、優しさ、包容力もすべてを表すために、眉山から外に向かって、おおらかで柔らかいアーチを描いています。もちろん、ご自身でも出来るように、ポイントをお伝えしています。

ーー確かに、その印象から逆算して考えてみると、細くて直線的なラインではなさそうですよね。

高城  そうなんです。こういう一つ一つの積み重ねで、印象は作られます。でも、不思議なもので、それは他人に伝わっても、自分自身ではわからない。鏡なくして自分の姿は見られないんですよ。だから、これだけの説得力、美学、人生の深みが伝わってきています、そして「私に見えているのはこの陽子さんです!」とお伝えするために、お写真をプレゼントしようと。スペシャリストの一人であるフォトグラファーに撮影していただいて、それを後日額に入れてサプライズでお渡ししました。

ーーお写真を受け取って、いかがでしたか?

笠原  すごく嬉しかったです。自分ってこんな風に映っているんだと初めて知りました。子供の頃から写真に写るのが嫌いで、いつも写す側だったんです。写真を撮られる楽しさを知らなかったので、ちょっとびっくりしちゃって。

高城  陽子さんの「印象」が詰まった一枚になりました。大きいものではないですが、額に入れてお渡ししたのは、本当に飾ってほしかったからです(笑)。

笠原  以前であれば、とてもじゃないけど飾るなんてことはなかったと思うんですが、本当に自然な一枚で……部屋にガブリエル・シャネルの本など、彼女の足跡を辿れるようなものを置いてある一角があるんですけど……そこに一緒に置いちゃった。

ーーすごい!これは嬉しいですね!

高城  やった!

一同  (笑)。

ーー本当に「年齢を重ねることっていいな」と思えてくるお話をありがとうございます。最後に〈essence:〉は「本質」という言葉を冠したサロンになりますが、笠原さんが「本質」として大切にしていることはありますでしょうか。

笠原  私は人と出会って、人に支えられて生きてきたので、自分一人の力で何かが出来るとは思っていなくて。「人といかにコラボできるか」ということを大切にしてきました。人が人と出会って生まれる新しい空気感、化学反応が自分を作ってくれた。先ほどもお話にあったように、自分では自分のことはわからない。他者がいるからこそ、自分のこともわかるし、次の新しい何かが生まれてくるんです。高城さんや〈essence:〉との出会いも、まさにそうでした。

ーー笠原さんのお仕事も、人との関わりが大切ですよね。

笠原  教育や子育てもそうなんです。子供の人生の大事な時期に大人が関わっていくわけですから。その関わり方によって、その子の人生が変わる可能性もある。だから、特別であり、すごく責任があるんです。子供たちにも、自分の周りにいる人だけではなく色んな人たち、障害のある方もそうだし、肌の色も言葉も関係なく、人との出会いを大切にして欲しいと思っています。そうすることで、自分自身が必ず豊かになっていく。その豊かさというのは、自分の泉の中にあるものだけでは、なかなか生まれてこないんです。そこに色んなものが入ってきて、彩りが生まれたり、時には、くすんだりもするでしょうね。でも、それをかき出しだり、磨いたりして、また違うものを求めていく。

ーー長年に渡り、人と関わる仕事に携わってきた笠原さんがおっしゃるからこそ、響く言葉です。

笠原  もちろん、良いことばかりではないんですよ。言い換えれば、他者が自分の中に入り込んでくるわけですから。でも、それを受け入れてはじめて、化学反応が起きるんです。とても大切なことで、良いものなんだよと、子供たちにも伝えていきたいですね。

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